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数十年の平穏期を経て戻ってきたインフレ期。これと闘うために、中央銀行はアプローチを変えなければならない。

経済学の金融政策理論は様々な学派から構成され、統一された単一のモデルがあるわけではない。学派によって重視するインフレの原動力が異なり、推奨する政策対応も違う。時代と共に課題も異なり、どの課題にも独自の政策アプローチが必要とされてきた。

現在、インフレが再燃する中で金融政策に再び重点の転換が求められている。中央銀行が2008年の世界金融危機から従ってきた主導的な知的枠組みは、迫り来る喫緊の課題に軸足を置いておらず、新しい環境で悲惨な末路を迎える危険性を緩和してもいない。

長期的な低金利・低インフレの時代が終わり、世界経済は高インフレと高水準の公的・民間債務を特徴とする局面に突入しようとしている。15年前、中央銀行は金融安定性とデフレ懸念を伝統的な経済モデルに織り込むという差し迫ったニーズに直面し、両課題に対処すべく非伝統的な政策を展開した。

金融安定性は依然として懸念事項であるが、足元の環境と世界金融危機後の環境には、次のような重大な相違点がある。

  • 現在の公的債務は高い水準にあるため、インフレ脅威を回避しようと金利を引き上げれば、債務返済のコストが増大し、財政に直ちに広範な悪影響が及ぶ。また、2020年前半に新型コロナウイルス感染症の流行が始まって以降、財政政策がインフレの大きな要因になり得ることが明らかになった
  • デフレ圧力の代わりに、多くの国は激しいインフレに見舞われている。すなわち、利上げで総需要の抑制を図る金融政策と、金融安定性を確保しようとする金融政策との間には、明らかにトレードオフの関係がある。
  • ショックの性質と頻度が変化している。過去を顧みると、ショックの多くは需要の増減に起因しており、1970年代のいわゆるスタグフレーション期に見られた供給ショックは特筆に値する例外だった。一方で今日では、需要と供給、特定のリスクとシステミック・リスク、一過性と永続性など、ショックの形が多様化している。こうしたショックの性格を迅速に特定して対処するのは困難であり、中央銀行はもっと謙虚になる必要がある。

金融政策は、マクロ経済的シナリオの意表を突くような急変化に対しても頑強なアプローチに修正しなければならない。あるマクロ経済環境で有効な政策も、状況が急変すれば意図せぬ結果を招き得る。本稿では中央銀行が直面する主要な課題、今後注目を集めるであろう金融政策理論、そして中央銀行が時代にそぐわない政策を回避する方法について考察する。

金融政策と財政政策の相互作用

中央銀行は、インフレを安定化させる目標や、しばし(先進国では)完全雇用を達成する目標に応じて金利を設定し、現代経済の先導者として活動しているように見える。「金融主導型」と呼ばれるこのアプローチの基盤は中央銀行の独立性である。政府の干渉を受けずに金利を設定する最終的な権限を法律で認められている場合、中央銀行は法的な独立性を有していると言える。だが、事実上の独立性も重要だ。中央銀行は金利を設定する時に、利上げが政府の債務を増やしたりデフォルトリスクを高めたりするかを懸念してはならない。そもそも、中央銀行が利上げをし、政府の債務返済額が増加する場合には、当局が支出削減を通じて経済を冷やし、それによってインフレ圧力が抑制されることが狙いである。多難な時期に金融政策を定めて経済を制御する中央銀行の能力は、その独立性に左右されるのだ。

世界金融危機が起こった時は金利が低く、公的債務の水準も今ほど極端ではなかったために、金融政策と財政政策の相互作用は中央銀行が無視できるほど重要性が低かった。2008年の危機に続く時期はひとつの「金融主導型」に当たり、中央銀行は自由に金利を設定して財政政策から独立した目標を追求できた。中央銀行は、問題の核心は物価上昇ではなく、需要の低迷が本格的なデフレを招く可能性があるという見解を示した。その結果、中央銀行は非伝統的な政策手段の展開に焦点を定め、追加の刺激策を提供できる体制を整えた。さらに、大胆になった中央銀行は、追加的な刺激策のニーズを満たすと同時に、グリーン移行の加速や経済的包摂の推進などの社会的目標も達成できるような政策を追求した。

新型コロナ危機の間、状況は劇的な変化を遂げた。大部分の先進国で政府の支出が急増した。米国では、連邦政府が給付金を家計に直接支給する形で、大規模かつ集中的な支援を実施した。欧州の国々は穏当なプログラムを初期に実行しており、労働者解雇の防止に主眼を置きつつ、グリーン・デジタル移行を支援する財政支出プログラムに焦点を定めた。財政拡大は米国のインフレの主要因だったと思われるが、欧州のインフレにも寄与した。だが支出が増大する中で、各国はサプライチェーンの混乱などのパンデミック関連の問題を主な原因とする、未曾有の供給ショックに打撃を受けた。これらがインフレ圧力に拍車をかけたのである。

インフレは金融政策が必ずしも単独で制御するわけではなく、財政政策もその役割を果たすことをパンデミックが実証した。さらには、公的債務の拡大を伴ったことから、「財政主導型」と呼ばれる、財政赤字が金融政策に適合しない状況が起きている可能性が浮上してきた。世界金融危機の際は債務水準が低く、刺激策を講じる必要性があったために金融政策と財政政策の歩調を合わせられたが、財政主導の見込みが出てきた今、両政策が対抗し合う恐れが生じている。中央銀行が利上げでインフレを抑制しようとする中で、政府が利払い費の増加を嫌悪するからである。政府は中央銀行が政府債務をマネタイズすること、すなわち民間投資家が購入しない国債を購入することで、政府に協力するように望んでいるのだ。

中央銀行が独立性を維持するための唯一の条件は、過剰な債務をマネタイズしてもらいたい政府の希望に応じないと誓約することである。すると当局は支出削減や増税(あるいはその両方)といった財政健全化を強いられるだろう。

政策を巡る重要な問題は、財政主導と金融主導が拮抗している時に、何がその勝者を決める要因なのかである。金融主導を保証する上で、中央銀行の独立性を法的に保証するのみでは十分でない。立法府が法律の修正を盾に牽制したり、国際条約が無視されたりすれば、中央銀行は優先したい政策の見合わせを強いられかねないからだ。金融主導を推進したければ、中央銀行は潤沢な自己資金を維持しなければならないだろう。政府に資本注入を求めてばかりいる中央銀行は、貧弱な印象を与えて国民の支持を失うリスクがある。高リスク資産を含む大規模なバランスシートを抱え、民間銀行に準備預金の利払いを行っている中央銀行は、金利が上昇すると多大な損失を被る可能性がある。こうした損失が生じた場合、財政当局から利上げを控える圧力が強まるかもしれないのだ。

権限と独立性の根本的な源である国民の世論を味方につけておくことも、中央銀行にとって極めて重要である。

権限と独立性の根本的な源である国民の世論を味方につけておくことも、中央銀行にとって極めて重要である。すなわち、中央銀行は国民の支持をつなぎとめるために行動の論拠を効果的に伝えるべきであり、これは財政政策が要因でインフレが生じている場合にとりわけ肝要だ。中央銀行は、デフォルトが起きても公的債務のマネタイズで政府を救済しないと約束し、信頼を得ることができれば、最終的に金融主導を維持できるであろう。

金融市場主導型の脅威

中央銀行は金融政策と金融市場の安定性の狭間で新たな課題に直面している。中央銀行は今、民間債務が膨らみ、金融資産のリスクプレミアムが低下し、価格シグナルが歪み、民間部門が中央銀行による危機時の流動性注入に深く依存しているような環境で舵を取っている。2008年の危機後の期間と現状の主要な相違点は、インフレが過度に進んでいる点だ。15年前、非伝統的金融政策により景気刺激と金融安定性を狙った中央銀行の二重目標には互いに整合性があった。しかし今、インフレ操作と金融安定性は明らかにトレードオフの関係にあり、インフレと闘うために利上げを行うと、金融市場を不安定化させる恐れがある。

世界金融危機が発生した時、中央銀行は需要の低迷と金融の不安定性という二重の問題に対峙し、「どんな手段」を講じても両問題に対処する誓約を掲げた。金利操作による伝統的な刺激策が行き詰まると、中銀は非伝統的な量的緩和(QE)プログラムに移行し、民間部門から高リスク資産を大量に購入することで、それに伴う信用スプレッドの低下が貸出や実体経済活動に刺激を与えることを期待した。また、こうしたQEプログラムを通じて、中央銀行は誰も購入しない債券を購入する「最後のマーケットメーカー」として新しい重要な役割を担うようにもなった。

物価安定と金融安定性という目標の対立関係が長い間経たないと顕在化しなくても、そこには常にトレードオフが存在する。

民間資産の大量購入はバランスシートを膨張させたが、中央銀行はバランスシートの縮小を急ぐと経済的損失を招きかねないとし、金融危機が去っても元の水準へ戻そうとしなかった。巨大なバランスシートを維持する方針は、民間債務の拡大、信用スプレッドの低下、価格シグナルの歪み、そして住宅ローン増加による住宅価格の上昇を招いた。民間部門は中央銀行が提供する流動性に依存するようになり、低金利環境を当然視するようになっていった。金融市場は、資産価格が大幅に下落すれば、中央銀行が必ず介入してくれるものだと考えるようになったのだ。民間企業の依存度が大きく高まったため、中央銀行がバランスシートを巻き戻す際の景気縮小効果はQEの刺激策よりも顕著に表れるかもしれない。金融政策環境が急変した時にどの問題が金融部門へ襲いかかるかは依然として不透明だが、2022年に英国の年金基金が甚大な損失を被り得たことは厳しい警告だと言えよう。英国年金基金が利用していた手法は、長期金利に深刻な歪みを生じさせ、大規模な危機の引き金となる可能性を秘めていたことが明らかになっている。イングランド銀行は長期金利が上昇したことを受け、危機を防ぐために英国国債の購入という形で介入を強いられた。

現在、インフレと闘うために中央銀行が利上げを余儀なくされている環境で、インフレ安定化と金融安定性という目標は対立関係にある。資本市場を中心に民間部門が中央銀行の流動性に依存していることから、「金融市場主導型」と呼ばれる、金融政策が金融安定性の懸念に制約を受ける状況が生じた。こうした環境で金融の引き締めを行うと、金融部門に大損害をもたらす恐れがあり、経済が小規模な混乱にさえも脆弱になりかねない。金融市場による主導の度合いを左右する条件は、民間銀行に損失を吸収するに足る自己資本があるか、そして民間銀行の破産手続きを円滑に実施できるかだ。適切に機能する破産法は個々の機関の破産で生じる波及効果から金融システムを防護し、中央銀行が救出する必要性を抑えることができるだろう。こうした課題は、中央銀行が景気後退を起こさずにインフレを抑制することを困難にし、事実上の独立性も幾分損なってしまう。

以上の問題から、金融政策と金融安定性にどのような相互作用が生じるのかを再考する必要がある。中央銀行は、これまで過剰に介入してきた民間市場で、価格シグナルの円滑な回復を図らねばならない。さらに、物価安定と金融安定性という目標の対立関係が長い間経たないと顕在化しなくても、そこには常にトレードオフが存在することを認識すべきである。中央銀行のバランスシートの拡大は金融の歪みにつながり、今後の措置を制限してしまう。中央銀行はこの緊張を予見してマクロプルーデンス政策による監督を強化していくべきであり、個別の金融機関の健全性のみを注視する(従来の金融規制はここに重点を置いていた)のではなく、金融システム全体の健全性も確保するように努める必要がある。マクロプルーデンス規制を強化する上では、配当の支払いや、ノンバンク部門の資本市場におけるリスク拡大を注視すべきだ。そして、中央銀行は最後の貸し手やマーケットメーカーとしての役割を見直し、いかなる介入も一時的に留めることを徹底すべきである。中央銀行は、恒久的な資産購入にならない形で流動性環境を改善する政策枠組みについて、コミュニケーションを行うことに注力すべきだ。

インフレ期待とアンカー

今日、供給混乱やその他のショックによりインフレが加速し、インフレ期待が中央銀行のインフレ目標(アンカー)で安定している状況が脅かされている。インフレと経済成長が安定していた1980年代から1990年代の「グレートモデレーション(超安定期)」の後、どの先進国でもインフレ期待が安定していた。世界金融危機が起こった際には、物価全体が下落するデフレの懸念さえあった。だが、新型コロナウイルス感染症のパンデミックに伴う急速なインフレを受けて、中央銀行はデフレに怯える時代が終焉したことを理解した。インフレが中央銀行の中期目標を上回る懸念が再び浮上したのである。

中央銀行は2008年の教訓から過剰に学習するあまり、インフレ期待に対する伝統的なアプローチを放棄してしまった。この知的転換こそが、パンデミック中のインフレ脅威を当初誤診した主な原因である。中央銀行は1980年代以降インフレが克服されていると当然視したため、インフレ期待が常に上手くアンカーされるものだと過信した。この想定に基づき、中央銀行は失業率が自然失業率(またはインフレを引き起こさない失業率)を大きく割り込むほど経済を過熱させても、さほどリスクがないと考えた。また、長期に渡って低金利を維持すると約束するフォワードガイダンスなどの、長期的な政策コミットメントを掲げることも、長期的にインフレを誘発する結果につながるとは思われなかったので安全と判断された。だが、中央銀行が将来的に誓約を果たせなければ、こうしたコミットメントもインフレ期待を損ないかねない。さらに、デフレの恐怖により、中央銀行はデータに基づくアプローチを採用し、いかなる引き締めも意図的に遅らせようとした。中央銀行はインフレ上昇を予見していたが(例えば、失業率が自然失業率を下回れば過熱につながると予想される)、経済生産を時期尚早に妨げないようにと利上げを行わなかった。その代わりに、インフレが実現するまで行動を控えようとした。

中央銀行は供給ショックへの対処においても楽観的なアプローチを取った。中央銀行が通常用いる経済モデルでは、供給ショックで生じたインフレは一過性のものであり(供給が増加すれば解消する)、金利政策の目的は総需要の制御であるため、金融政策でこうした供給サイドによるインフレに全面的に対処すべきではないことがしばし示唆されている。その代わり、中央銀行は一過性のインフレを冷やすメリットと、経済成長を抑圧する代償とを天秤にかけるべきだ、というのが定番の主張である。しかし、中銀が需要を抑制する対策を打つことで供給ショックに対処しなければ、インフレのアンカーが外れ、将来的に目標の達成が妨げられるかもしれない。逆説的ではあるが、ウクライナ戦争は中央銀行にとってインフレ率高騰の理由を説明する口実となったため、インフレのアンカーを強化した。

中央銀行が2008年の危機以降に採用している知的枠組みは、今のところインフレ期待のアンカーを外すまでには至っていないように思えるが、アンカーが外れるまでに修正しないと、高い代償を払うことになるだろう。最近のインフレ期待データでは既に警戒信号が灯っている。インフレのアンカーが外れ、消費者と企業の不確実性が高まると、総需要と総供給の両方が阻害される。すると、中央銀行はインフレを制御する能力が阻まれ、経済活動は消費者や企業が消費・投資を控え、両方の面で大きな影響が生じるだろう。

こうした問題に対処するために、中央銀行はインフレ期待の安定化を中心的な優先事項とする金融政策のアプローチに立ち戻るべきだ。インフレが発生するまで政策の引き締めを待つ余裕などなく、中央銀行は警戒信号が点灯したらすぐに措置を講じるべきである。中央銀行は家計と金融市場双方のインフレ期待を組み込んでいかねばならない。なぜならば、これらのインフレ期待こそが、総需要の環境と資産価格の両方を形成するからである。

マーカス・K・ブルネルマイヤーはプリンストン大学経済学部エドワーズ・S・サンフォード教授。

記事やその他書物の見解は著者のものであり、必ずしもIMFの方針を反映しているとは限りません。