アジア太平洋地域
アジア太平洋地域経済見通し 2019年10月
2019年10月
概要
世界各地で政策に不透明感が漂う状態が長引き、歪みを生じさせる貿易措置が講じられ、重要な貿易相手国の経済成長は減速している。こうした要因から生じる逆風がアジア太平洋地域の経済成長に影響を及ぼしている。アジア太平洋地域は主要地域として、今もなお世界で最も急成長中であり、世界の経済成長の3分の2超を担っているが、短期的な見通しは2019年4月の「世界経済見通し(WEO)」から顕著に悪化しており、下振れリスクが優勢となっている。
アジア経済の成長ペースは緩やかになり、2019年には5.0%、2020年には5.1%になると見込まれる。今年4月の予測からそれぞれ0.4%ポイントと0.3%ポイントの引き下げとなる。歪みを生じさせる貿易措置や不透明な政策環境により引き起こされた商品貿易や投資の著しい減速が、特に製造業の経済活動を圧迫している。主要先進国での金融政策緩和と、こうした政策に応じて緩和的となった金融環境はアジア諸国の成長鈍化の影響を和らげているものの、これによりアジア地域の金融脆弱性が高まりかねない。見通しに対する外的な下振れリスクとしては、米中貿易摩擦がさらに激化する可能性や、主要貿易相手国の経済成長が期待を下回ること、原油の値上がり、英国の合意なきEU離脱などだ。地域内のリスクとしては、中国経済の予想以上の急減速、日韓関係など地域内での緊張の高まり、地政学的リスクの増加、自然災害の頻発などがある。
経済成長の減速が見込まれることを考慮すると、適切と判断される場合には、マクロ経済政策は今ある財政政策や金融政策の余地を利用して内需の安定化を図るべきだ。金融環境の緩和によって金融安定性リスクがさらに蓄積されることがないよう、金融部門政策は予防的に調整されるべきである。家計や企業のエクスポージャーが懸念されている国では、これら部門のレバレッジを減らすことを優先事項とすべきだ。また、景気循環的な減速は、中期的に経済成長の力強さ、包摂性と環境面での持続可能性を高める上での土台を築くべく構造改革を推し進めることの緊急性を際立たせている。このためには例えば、サービス貿易の非関税障壁の削減や投資の規制緩和などによって行う貿易自由化が急務となる。同様に、女性や若者のエンパワーメントを進めつつ人的資本を強化して持続的に人々への投資を行っていくことと、女性の就業率向上を含めた労働力供給を刺激する政策も必須である。さらには、インフラ不足解消と規制枠組み改良も求められており、また、頻発する自然災害に適応するための財政的バッファーを構築しつつ、気候変動促進要因の解消を進めるためのより意欲的な方策も重要である。
最新の「アジア太平洋地域経済見通し」は、別々に発表された2点のテーマ研究(IMF2019aとIMF2019b)も取り上げている。第1の研究では、アジアの政策当局者が国際的資本フローの管理にどうアプローチしているかを調査している。資本移動は概して有益だが、この研究では、資本フローが大規模で、変動が激しく、資本流入国の経済に混乱をきたしうることがわかった。変動しやすい資本フローが為替相場に与える影響を緩和するために、政策当局は為替介入を広く利用してきた。バランスシートの不均衡が常態化している場合や、金融市場の底が浅い場合は特にこの傾向が見られた。インフレや経済成長のショックに対して、そして米国の金利や為替レートや与信の増大を受けて、金融政策が展開されてきた。同様に、様々な外的要因、国内マクロ要因、国内の金融安定性に関わる要因に対して、マクロプルーデンス政策や資本フロー管理政策が対応してきた。その結果として、アジア諸国は外的な金融ショックに直面した際には、複数の目的を達成するために自らの持つツールキットを展開することがエビデンスに表れている。このデータに基づく分析は、アジア内外において変動しやすい資本フローと為替相場をどう管理していくかに関して現在行われている考察に寄与しうるものである。
第2のテーマ研究では、どうすれば南アジアの経済成長を一層強化できるかを検討している。南アジアは世界人口の5分の1を占め、世界の経済成長の15%超に貢献している。2030年までに1億5,000万人が労働市場に新たに加わる中で、その人口ボーナスを活かして潜在成長率を高めるためには、質が高く、雇用を潤沢に生み出す成長戦略を成功させることが必要となる。これら目標を達成するために、南アジアは、農業生産性を上げ、製造業やより高スキルのサービス業の持続可能な拡大を推進していくことが必要だ。国内歳入の動員への注力を強化していくことで、優先度が高い支出や財政再建の促進、貿易や対内直接投資(FDI)のさらなる自由化、人への投資が可能になるだろう。