在宅勤務(WFH)は生産性と経済成長を促進する
経済学は陰鬱な科学としてよく知られている。悲しいことに、最近の研究も例外ではなく、1950年代の水準まで遡って生産性成長率の鈍化が浮き彫りにされている。しかし、コロナ禍による在宅勤務の急増がもたらす生産性の大幅な向上を考えると、私はもっと楽観的な見方をしている。
在宅勤務(WFH)はコロナ禍発生後に約10倍に増加し、現在はコロナ禍前の水準の約5倍で落ち着いている(図1参照)。これによって生産性の低下に歯止めがかかるだけでなく、今後数十年にわたって経済成長の急増をもたらす可能性がある。AIがさらに生産性を向上させれば、低成長の時代は終わるかもしれない。
ノーベル賞受賞者であり、史上最も著名な経済学者の一人であるロバート・ソローによる経済成長の分解が私の分析の指針となるであろう。ソローは1957年の論文で、成長が労働や資本などの要素投入の増加、ならびに純粋な生産性の向上の両方から生じることを強調した。私は、これらの各要素がどのように成長を加速させるかを順に強調することで、ソローの枠組みに基づいて分析を進めていく。
労働
労働の影響を最も簡単に確認できるのは、米国、ヨーロッパ、アジア全域の調査結果で、ハイブリッドワーク(リモートワークとオフィスワークを組み合わせた働き方)は給与の約8%の増加に値することが示されている。ハイブリッドワークは、会社員やマネージャー、その他の社会人の典型的なパターンであり、通常週に2~3日オフィスを離れて仕事をする。従業員がこれを給料の8%に相当すると考える理由を理解するにあたり、一般的な労働者は週に約45時間をオフィスで過ごし、さらに週に約8時間近く通勤に費やしていることに注目すべきである。つまり、週に3日自宅で仕事をする場合、週に約5時間、つまり週の労働時間と通勤時間の合計の約10%を節約できることになる。
ほとんどの人にとって通勤は苦痛であり、そのため在宅勤務による通勤時間の節約にさらに大きな価値があると捉えられている。たとえば、ノーベル賞受賞者ダニエル・カーネマンによる別の著名な論文を参照すると、この研究からわかったのは、通勤が1日のなかで最も嫌われる活動で仕事そのものよりも嫌われていることだ。このことから、平均的な従業員が在宅勤務を非常に高く評価する理由が容易に理解できる。在宅勤務は、それによって毎週の苦痛な通勤時間が節約でき、職場から離れて生活しながら仕事をする自由さも手に入れることができるのである。
この在宅勤務の価値は労働力の供給に大きな影響を与える。世界の経済において、労働者予備軍ともいうべき何千万人もの人々が存在している。そのため、労働の魅力をほんの少し高めるだけで、何百万人もの人々を雇用に結びつけることができる。この予備軍の労働力には、育児や介護を担う人々、定年で退職しようとする人々、地方在住者も含まれる。
このWFHが労働力の供給に与える影響の一例として、コロナ禍後に米国で働く障がい者の数が約200万人増加したことが挙げられる。こうした障がい者の雇用増加は、主にWFH採用率が高い職業で発生している。障がいを持つ従業員にとってWFHはふたつの利点がある。ひとつ目は長時間の通勤を避けられること、ふたつ目は自宅で仕事環境をコントロールできることである。
もうひとつの例は、米国における働き盛りの女性の雇用で、コロナ禍以降、働き盛りの男性の雇用よりも約2%速いペースで増加している。最近の研究によると、育児における女性の役割が大きくなっていることから、在宅勤務が女性の労働参加率増加を後押ししている可能性がある。
これらの効果を総合して勘案すると、労働力の供給は数パーセントの増加を見込むことができそうだ。
もちろん、この計算は現在の人口を前提としている。長期的にみると、WFHによって出生率が上昇する可能性もある。何百人もの従業員や管理職との話から何度も耳にしたことに、リモートワークによって子育てが楽になるというものがある。これはおそらく東アジアで特に顕著で、そこでは長時間労働や過酷な通勤、育児のプレッシャーが急速な少子化につながっている。両親が週に2日か3日、特に子育ての責任を分担できる柔軟なスケジュールで在宅勤務ができるのであれば、出生率の増加につながる可能性がある。米国の調査データに基づく予備分析では、両親が週に1日以上在宅勤務をする場合、夫婦1組につき、希望する子どもの数が0.3人から0.5人増える可能性があることが示唆されている。
資本
WFHが資本に与える有益な影響は、オフィススペースが住宅や小売店など他の用途に長期的に開放されることから生じる。従業員が週に2日~3日自宅で勤務すれば、社会はそれだけ少ないオフィススペースで済むことになり、そのスペースを他の活動に利用できる。また、通勤による交通量も減り、交通インフラを適正な規模で維持することができ、追加拡充することも抑えられる。住宅やアパートのスペース・設備などの住宅資本の集中的な活用度を高めることで、社会は交通機関やオフィス資本の使用頻度を下げることができ、その分を他の用途に再配分することが可能になる。主要都市の中心部では、土地の約半分がオフィススペースで占められており、オフィスの占有率が現在、コロナ禍前のレベルを50%下回っていることを考えるとオフィススペースを削減する余地は大きい。
最近の交通走行速度に関するデータによると、朝の通勤時間帯には交通機関の運航速度が時速2~3マイル程度速くなっており、そうすることで現在の交通需要に対応することで交通インフラを追加拡充する必要性を減らし、一般的な通勤者は通勤所要時間を1日当たり数分間節約できるようになっている。
長期的には、従業員が部分的に、あるいは完全にリモートで働けるようにすることで、現在十分に活用されていない土地を住宅用地に開放し、実質的に利用可能な土地の供給を増やすことができる。多くの大都市がひどく混雑しているのは、ほとんどの従業員が都市中心部から1時間以上かかる場所には住みたくないと考えているためだ。もし従業員が週に数日だけ出社すればよいとなれば、もっと長い通勤時間を可能にし、中心部から離れた場所を住宅用地として開発することができる。
これらの投下資本を合計すると、その経済効果は今後数十年にわたって生産量を数パーセント引き上げることも考えられる。
生産性
従来の企業や個人の小規模な研究では、米国、欧州、アジアの労働力の約30%に通常みられるハイブリッドワークが生産性に与える影響はほぼ一定であることが通常わかっている。在宅勤務は、労働者にとって通勤による疲労を回避でき、通常はより静かな作業環境が得られるというメリットがある。しかし、オフィスでの勤務時間が短縮されるため、従業員の学習能力、革新を生み出す能力、コミュニケーション能力が低下する可能性もある。こうしたプラスの効果とマイナスの効果がほぼ相殺し合うため、ハイブリッド型WFHによる生産性への影響は全体としてみるとほぼゼロであることが研究により示唆されている。
約10%の従業員が採用している完全リモートワークの影響は、その管理の巧拙に大きく左右される。パンデミックの初期段階で完全リモート勤務を調査した研究のなかには、初期のロックダウンによる混乱が原因で、大きなマイナスの影響がみられたものがあった。一方で、管理の行き届いた企業でのコールセンター業務やデータ入力作業など、自己管理が可能な業務においては大きなプラスの影響がみられたとの研究結果もあった。
まとめると、完全リモートワークの影響はおそらく中立的である。なぜなら、企業がこのような勤務形態を採用するのは、その勤務形態が業務内容に一致する場合のみであり、その多くの場合、コーディングやITサポートなど、その作業が管理された環境で訓練を受けた従業員によって行われるものだからだ。しかし、個々の企業におけるミクロ的な生産性への影響は中立的であるかもしれない一方で、労働市場を統合した膨大な労働力を捉えると、マクロ的な影響は全体としてプラスになる可能性が高いことが示唆されている。
労働市場への統合のメリットを説明するには、完全対面スタイルの仕事は近隣の従業員でなければ務まらないことを考えてみよう。たとえば、ニューヨークの人事部や情報技術部門のポジションは、地元の在住者でなければ務まらない。ブルガリアやブラジル、ベリーズ(旧イギリス領ホンジュラス)にもっと適任の者がいたとしても、その人物が現地にいなければ仕事をすることができない。しかし、リモートでポジションを埋められるようになると、雇用主は、地元の最優秀な従業員を採用しなくとも、ハイブリッド勤務では地域で最優秀な従業員を、完全リモートワークでは世界で最優秀な従業員を雇用しようとするようになる。
仕事上の差別と再配置に関する最近の研究では、労働市場を広範な潜在的従業員に拡大することで、生産性に多大な利益をもたらすことが強調されている。ひとつのポジションに対して、適格な候補者を10人から1万人に増やすことで、特にAIが応募者の選別を支援できる場合、はるかに生産性の高いマッチングを実現することが可能になる。リモートワークにより、従業員と企業間のグローバルなマッチングが可能になり、労働生産性が向上する。
在宅勤務によるマクロ的な生産性向上の利点として、交通による汚染に対するプラスの影響が挙げられる。WFHの急増により、米国と欧州の通勤交通量は推定で10%減少した。これにより、汚染が減り、特に低レベルの重粒子状物質の排出が減少した。健康に関する研究では、汚染が認知力や生産性の低下につながることが指摘されている。汚染の低減は私たちの生活の質を向上させるだけでなく、成長を促進することもできる。
正のフィードバック・ループ
リモートワークから成長の加速、そして成長の加速からまたリモートワークへとつながる正のフィードバック・ループはこの影響をいっそう強める。経済学における市場規模効果に関して長い歴史が明確に示してきているのは、いかにして企業はより大規模でより収益性の高い市場にサービスを提供するためにイノベーションに努めているかということである。毎日リモートワークをする人が500万人から5,000万人に増えると、大手のハードウェア企業とソフトウェア企業、新興企業、出資者から注目が集まる。これにより、それらの市場にサービスを提供する新しいテクノロジーの進展が加速し、生産性と成長が向上する。
このフィードバック・ループはすでに始まっている。米国特許商標庁に対して、「リモートワーク」、「ワーキング・フロム・ホーム」などの言葉が繰り返し使用されている新規特許申請の割合は、2020年までは横ばいだったが、上昇し始めている(図2参照)。これはテクノロジーの向上を浮き彫りにしている。より高性能なカメラ、スクリーン、ソフトウェア、そして拡張現実や仮想現実、ホログラムなどのテクノロジーの改良によって、将来的にハイブリッドワークやリモートワークの生産性は向上する。これにより、リモートワークと経済成長の間に正のフィードバック・ループが生まれる。
リモートワークのブームに対する批判のひとつに都心部のダメージがある。たしかに都心部の小売支出は減少したが、小売活動は郊外に移転しており、全体的な消費支出はコロナ禍前の傾向に戻っている。おそらく、より問題なのは、商業用オフィススペースの評価額が大幅に減少したことかもしれない。これはオフィスセクターの投資家にとっては評価額の損失を意味するが、都心部のスペースが住宅用に開放されることで、長期的には都心部の生活がもっと手頃になるだろう。都市部の生活費は1990年代と2000年代に劇的に上昇し、多くの中低所得者層が都心部から追い出された。これらの労働者の多くが、消防、警察、教育、ヘルスケア、食品、輸送などに従事し、対面式でしか行えない重要なサービスを提供していることを考えるとこれは特に問題である。都心部のオフィス用スペースを削減し、住宅用に転用することによって、これらの不可欠な労働者の住宅をもっと手頃なものにすることができるだろう。
2020年に急増したリモートワークは、コロナ禍以前の生産性の低下を全体として打ち消し、現在および将来の経済成長を後押ししている。経済学者であるということは、たいてい勝者と敗者のバランスをとることを意味する。テクノロジー、貿易、価格、規制の変化を分析すると、通常は勝者と敗者のグループが混在し、さまざまな影響を及ぼしている。しかしリモートワークに関しては、勝者が敗者を大きく上回っている。企業、従業員、社会全体が、多大な利益を得ている。経済学者として生きてきたなかで、これほど広範囲に恩恵をもたらす変化はみたことがない。
この見方から、私は楽観的で「陰鬱な科学者」という一風変わった立場に立たされている。しかしその立場にいることは幸せなことだ。なぜならWFHでこれを書いているからだ。F&D
記事やその他書物の見解は著者のものであり、必ずしもIMFの方針を反映しているとは限りません。
参考文献
Fair, Ray C. 2018. “Presidential and Congressional Vote-Share Equations: November 2018 Update.” Yale Department of Economics Paper, Yale University, New Haven, CT.
Goodman, Peter S., Katie Thomas, Sui-Lee Wee, and Jeffrey Gettleman. 2010. “A New Front for Nationalism: The Global Battle against a Virus.” New York Times, April 10.