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技術の進歩と貿易は互いに影響する

技術革新は心躍るが恐ろしくもある。仕事量を減らしてくれる一方で、仕事を奪われる恐怖も深まるからだ。経済成長や進歩をけん引してくれるが、後れを取った人間は生活の糧を失うリスクを負う。

国際貿易も似たような影響力をもっているが、もっと大きな不安がつきまとう。というのは、技術革新に比べると得られる利益が目に見えにくいうえに、貿易によって打撃を受けた国内労働者は自分たちの損失を国外労働者の利益に直接結びつけるからだ。

技術革新と国際貿易が組み合わさると、その影響はとくに強大になる。これらの組み合わせは、イノベーション、技術導入、経済成長を加速していく。しかし同時に、国内で、また国家間で二極分化を招く原因にもなる。

地政学が状況をさらに激しくしがちだ。国どうしが技術覇権争いをするなか、国際貿易はこうした革新的な新技術が広まるための重要なパイプ役として機能する。国際通商による技術の拡散は世界の経済成長を加速するが、同時に国外のライバルにトレード・シークレットを披露してしまうおそれもある。

政治的選択はこうした事情に左右される。歴史的に見ると、貿易や技術から労働者が受ける影響を減じる目的で、保護貿易主義を要求する流れが生じてきた。しかし社会的なセーフティネットを拡充し、労働者に就職支援を提供すれば、貿易障壁を設けるよりも長期的には優れた戦略になる。国際安全保障上の脅威に対処するために産業政策や輸出規制を設けることは、結果として国内の資源配分をゆがめ、同時に国外の戦略商品への投資を促すことになり、逆効果になってしまう可能性がある。

分断が進み技術拡散が鈍化する世界において、国家は貿易・技術革新・経済成長を促進するための新たな政策課題に直面している。イノベーターは「素早く行動し従来のあり方を破壊せよ」という目標を掲げるかもしれないが、政策当局者はそれでも既存の組織を保護して投資家にとっての予測可能性を維持しなければならない。

技術・貿易・経済開発

技術の進歩によって新たな製品(電気自動車など)や新たな製法(自動化や3Dプリント技術など)、新たな輸送方式(コンテナリゼーションや、インターネットを経由した即時のデータ伝送など)が生まれることがある。すべては貿易に影響を与え、経済開発をも促すことが多い。

スマートフォンや薄型テレビといった新たな製品の登場で、このような新技術を導入した国では、時代遅れの製品(旧来の携帯電話やかさばるブラウン管テレビなど)の生産者が立ち退く形になる。新たな製品が大きな需要を喚起することで、貿易全体が増加する傾向にある。

新たな製法の導入によって生産効率が向上し、その結果実質価格が下がり、革新をもたらした国の生産と輸出は急増することになる。発展途上国にとっての懸念は、自動化によって置き換わるような単純作業の工程に特化していることが多く、輸出需要が減少することだ。しかし研究によれば、自動化による規模の経済効果は通常、輸入部品の需要を増加させることにつながる(一部の部品がそのうち国内生産に切り替わってしまうとしても)。例えば自動車の生産では、先進国におけるロボット化が進むと同時に、低所得国からの部品や装置の輸入が増加してきた。

交通分野での技術的な進歩と同じく、電気通信の技術革新もまた、貿易の促進に重要な役割を果たしてきた。例えばインターネットによって、企業は、遠く離れた新たなサプライヤーやビジネスパートナーを見つけられるようになった。さらに、とくにデジタルサービスにおいて、貿易の新分野も開拓された。

貿易はまた、より激しい競争を伴う、より大きな市場を創出することで、技術革新を誘発する。世界の市場にアクセスできるフロンティア企業は、利益を伸ばして研究開発に投資することができ、さらに急速な革新へとつなげられる。同時に、グローバルリーダーとの競争を通じて、技術的な進歩の最前線に立ち続けるインセンティブが得られる。

貿易と技術が経済開発にもたらす影響は全体的には前向きなものだ。新技術によって生産性が向上し、貿易が拡大するからだ。また貿易により、新技術が世界中に拡散する速度も上がり、さらに成長を促進する。

しかし、技術の進歩と貿易のいずれにおいても勝者と敗者が存在し、時代遅れの技術にとらわれた者は置き去りにされてしまう。結果的に、技術と貿易が浸透するのに伴い、特定の産業が凋落し、職を失った労働者に対する支援が必要な国も出てくる。同様に、政治や地理的な事情、インフラ面の制約といった理由で国際的な市場からほとんど締め出された国もまた、世界の最前線からは大きく後れをとることになる。

政策的対応

歴史的に貿易障壁は、国外のライバルへの競争力を失いつつある産業を保護するためにしばしば利用されてきた。例えば1970年代および1980年代、日本の技術進歩により、自動車や半導体が安価で高品質になり、米国は輸入規制と輸出促進という貿易管理を余儀なくされた。知的財産の保護も、国家の安全保障のためというよりも、自国の企業の独自開発技術と利益を保護するために富裕国が追求してきた。

しかし近年は、ハイテク製品に使用される希少原料、製品の生産設備、さらにはハイテク製品それ自体への輸出規制が、外国の技術進歩を遅延させるための強力な手段となっている。こうした国家の介入は、貿易と技術伝達を滞らせ、世界規模の経済成長と技術革新を意図的に抑制する。ハイテク製品の輸出の減少は、利益成長率の低下と、ハイテク産業の研究開発に対する投資額の減少にもつながる。

さらに、新たな貿易制限は、環境に関する商品やグリーンイノベーションにとってとくに好ましくない。技術革新が世界規模で行われ、製品価格が急速に低下するなら、再生可能エネルギーへの転換は加速する。太陽光パネルや太陽電池といった製品が、低価格でだれもが利用できるようになると、石炭やガス、石油の使用量は減少する。

前へ進む手段

貿易や技術進歩のせいで置き去りにされた人を救うには、社会的なセーフティネットの拡充が必要である。経済改革に伴う変化への対処として再分配政策は不十分である場合が多いとはいえ、明快な政策的処方は存在する。国家が貿易と技術革新を促進しつづけ、その収益を、改革で起きた変化によって苦しんでいる人や組織の支援に回すのだ。失業保険と再訓練プログラムは、自由で開放的な貿易を実現するために必要不可欠である。

今後複雑さを増す問題は何かというと、国家の安全を危険にさらすことなく、貿易と技術を活用し、今日われわれが直面している存続の脅威にどのように対処するかかということである。パンデミックと自然災害を乗り越えることから、気候変動へ適応しそれを緩和することまで含めて、ソリューションを発見するための技術革新と、そうしたソリューションを共有するための国際貿易と国際協力は、おそらく最も重要な手段だと言っていいだろう。ただしこれには安全保障上のリスクが伴う。

貿易と技術が最近の出来事をどのように形成してきたかを考えてほしい。記録的な速さで新型コロナウイルスのワクチンが開発されて(不平等ながらも)世界中に提供されたのは、研究・生産における国際的な連携の賜物である。あらゆる電子機器や電気機械の基盤になる半導体は、主に米国で設計され、ほとんどがアジアで生産されている。電気自動車のバッテリー製造には、アフリカや南米が主要原産地であるコバルトやリチウム、ニッケルといった鉱物が欠かせない。

残念ながら、新技術の創出と拡散には地政学が働いており、経済開発と気候変動対策に深刻な影響を与える。米国は中国からの輸入品の大半に関税をかけており、輸出規制の割合も増やしている。中国も同様の対応をとっている。これらの関税によって、世界経済の最大のけん引役である2国の成長が鈍化し、世界の技術革新が妨げられている。

行き過ぎてしまう危険は現実のものであり、貿易と経済成長に深刻な影響を与える。大ざっぱなやり方ではなく、技術によって脅かされる製品だけを国家が保護しつつ、信頼できる相手と協力しながら継続的な経済拡張と経済統合を進めることで、経済成長と技術革新が促進されるだろう。

政策が裏目に出る危険性もある。例えば、最先端チップやそれを製造するための設備に対する輸出規制により、市場シェアが縮小し国外向け製品へのインセンティブが変化した場合、米国は設計における大きな優位性を失うことになりかねない。そうなると、結局この政策が安全保障上のリスクを増大させることになってしまう。

ほかの国が問うべきは、米中対立に巻き込まれないようにするためにはどうすればよいのか、という点だ。幸運なことに、安全保障上のリスクがあっても、標準的な経済学の教義の大半は有効である。良好な投資環境、堅固なインフラ、利用可能な財源があり、事業の参入と拡大を奨励できる国は、今後も技術革新の最前線に立ち続けるだろう。開放的な貿易と予測可能な政策によって、資源は最も生産性の高い用途に活用され続けるだろう。一部の生産拠点が中国から移転するなかで、こうした政策を堅持する国が恩恵を受けることになる。

どの国も、国家による広範な介入というまやかしの魅力に惑わされてはならない。過去30年にわたる中国の著しい経済成長は、民間産業を活性化する改革によって促進されたが、現在はその成長も鈍化している。中国の民間企業は数十年も過小評価されてきた一方で、公営企業が経済成長を誘導する力は過大評価されている。保護貿易主義と産業政策ではなく、予測可能性、ルールに基づいたシステム、貿易の開放性、資本へのアクセスを保持することが、国家を正しい方向に導き続ける。

保護貿易主義と産業政策に向かう現在の潮流に潜む最大の危険性は、それが国から国へ広がりやすいということだろう。関税が報復を招き、さらに高い関税が生じることは歴史が繰り返し証明している。同様に、国家が特定の企業や産業を支援すると、国外の競争相手を不利な立場に追い込み、同じ支援を求めるロビー活動を招く。保護貿易主義と補助金の政策が制御不能になるような世界は、国際的な収入の向上や差し迫った課題の解決に向かう道筋を大きく後退させてしまうことになる。

キャロライン・フロイントはカリフォルニア大学サンディエゴ校のグローバル政策・戦略学部長である。

記事やその他書物の見解は著者のものであり、必ずしもIMFの方針を反映しているとは限りません。