適切なルールで安全に革新を実現
暗暗号資産は10年以上前から存在して いるが、その規制への取り組みが最 重要政策課題となったのはここ最近 のことだ。その理由のひとつは、かつ ては使い道のないニッチ商品であった暗号資産 が、投機的投資、弱い通貨に対するヘッジ、将 来的な決済手段として主流になったのがここ数 年のことだからだ。
暗号資産の時価総額が不安定ながらも目覚 ましい成長を遂げ、規制の対象となっている金 融システムに暗号資産が徐々に入り込んできた ことがきっかけとなり、その規制に向けた取り 組みが強化されている。暗号資産の多種多様 な商品・サービスが拡大し続けていることや、 その発行・取引を促進する革新が進んでいるこ とも規制を促している。また、暗号資産の発行 者と取引所、ヘッジファンドによる失敗、さらに は最近の暗号資産の大幅な下落が、規制に向 けた動きに弾みをつけた。
暗号資産に既存の規制枠組を適用すること、 あるいは新たな枠組みを形成することは、複数の 理由から困難である。まず、暗号資産業界は急速 に進化している。規制当局は、資源が不足してい るうえに、他にも多くの優先課題を抱えており、暗 号資産業界の進化についていくための人材の確 保と技術の習得に苦心している。暗号資産市場に ついて十分な情報が揃っていないため、監視が 難しいほか、規制当局は、通常の開示義務や報 告義務の対象とならない可能性のある何千もの 市場参加者を監視することが困難と感じている。
遅れを取り戻す
厄介なことに、多種多様な取引や商品、ステー クホルダーを示す用語は世界で統一されてい ない。「暗号資産」という用語自体、類似する 技術(暗号技術と、しばしば分散型台帳)を用 いて非公開で発行され、主にデジタルウォレッ トと取引所を介して保管・取引できる幅広いデ ジタル商品を指す。
暗号資産が実際に使われたり、使う意図が あったりすると、(銀行、商品、証券、決済等の 規制当局をはじめとする)根本的に異なる枠組 と目的を持つ複数の国内規制当局の注意を一 斉に引く。一部の規制当局は消費者保護を最 優先するかもしれない。他方、他の当局は安全 と秩序、金融健全性を最優先する可能性があ る。さらに、従来の金融規制の対象になりにく い多様な暗号資産市場参加者(マイナー、バ リデーター、プロトコルデベロッパー)も考慮 しなければならない。
金融市場で活動する事業体は通常、特定の活 動を特定の条件下で定められた範囲内で行うこ とが認められている。しかし、それに伴うガバナ ンスとプルーデンス、受託者責任を、基礎となる 技術故に特定が難しい参加者や、システムに臨 時参加または任意参加している参加者に当ては めることは容易ではない。規制は、暗号資産取 引所のような一部の中央集中型事業体に集中 した、相反する役割を巻き戻すことを考慮しな ければならないかもしれない。
最後に、国内当局は、暗号資産エコシステム の参加者とアクティビティの双方を規制できる 枠組を形成するだけでなく、暗号資産を作る 基礎となる技術を他の公共政策目標とどのよ うに両立するかについて立場を決めなければ ならないかもしれない。一部の暗号資産をマイニングするために必要となる膨大なエネルギー などが挙げられる。
本質的に、暗号資産は電子的に保管・アクセス される単なるコードである。物的担保または金融 的担保による裏付けがある場合もあれば、ない 場合もある。不換通貨や他の価格、貴重品に固 定することにより、価値が安定していることもあ れば、そうでないこともある。特に、暗号資産の 電子ライフサイクルは、ありとあらゆる種類の技 術関連リスクを増幅させており、規制当局は、今 もなお、これらのリスクを必死で主要な規制に組 み込もうとしている。このようなリスクには、主にサ イバーおよび運用に関連したリスクが含まれる。 こういったリスクは、ハッキングによる制御・アク セス・記録の喪失や不慮の喪失が大きな話題と なった事案により表面化した。
こうしたリスクの一部は、暗号資産システムが 非公開のままであったなら、さほど大きな懸念に はならなかったかもしれない。しかし、すでに状 況は変わってしまった。レバレッジと流動性の提 供、融資、価値の貯蔵といった金融システムの多 くの機能が、今では暗号資産市場において模倣 されている。主流プレイヤーたちは、資金をめぐ って競い合い、利権を強く要求している。このよう な状況から、暗号資産市場に「同じビジネス、同 じリスク、同じルール」原則を必要な変更を加え たうえで適用すべきという声が高まっており、規 制当局は対応を迫られている。この状況は、公 共政策における別の難題も突き付けている。そ れは、暗号資産市場に同じような中央金融機関 とセーフティーネットを求める声が上がる前に、ふ たつのシステムをどこまで緊密に統合することが できるかという課題である。
各国の対照的なアプローチ
各国の規制当局や国際的な規制機関が何もし てこなかったわけではない。むしろ、多くのこと を進めてきた。日本やスイスをはじめとする一部 の国は、暗号資産とサービスプロバイダーを対 象とするための法改正を行ったり、新たな法案 を提出したりしており、欧州連合、アラブ首長国 連邦、英国、米国を含む他の国は起草段階にあ る。しかし、各国の国内規制当局は、全体として、 暗号資産の規制政策について非常に異なるアプ ローチを取っている。
極端な例では、規制当局が居住者による暗号 資産の発行または所有、支払い等の特定の目的 のための取引または使用を禁止している国がある 一方で、これを歓迎して、企業による市場開発を 奨励さえしている国もある。結果として、各国の対 応はバラバラである。そのため、暗号資産事業体 がインターネット上で誰もがアクセスできる状態 を保ちつつ、最も規制の緩い法域に移転する中 で、公平な競争の場も、底辺への競争の防止策 も保証されない状況となった。
国際的な規制コミュニティも、何もせずにた だ成り行きを見ていたわけではない。当初の主 要な課題は、マネーロンダリングや他の違法な 取引に暗号資産が使用されることを防止し、金 融の健全性を維持することであった。金融活動 作業部会(FATF)は、迅速に対応し、あらゆる 仮想資産サービスプロバイダーのためのグロー バルな枠組みを提供した。証券監督者国際機 構(IOSCO)もまた、暗号資産取引に関する規 制ガイダンスを公表している。しかし、これらの 取り組みに弾みをつけたのは、「グローバルス テーブルコイン」としてもてはやされ世界的な注 目を浴びたリブラの発表だった。
金融安定理事会(FSB)は、暗号資産市場の 監視を開始し、グローバルステーブルコインの 規制上の取り扱いの指針となる一連の原則を公 表した。そして現在は、裏付けのない暗号資産を 含む、幅広い暗号資産を対象としたガイダンス を作成中である。他の基準設定機関もこの例 にならい、金融市場インフラのための原則を、 システム上重要なステーブルコインに関する取 り決め(決済・市場インフラ委員会(CPMI)と IOSCO)と、金融機関の暗号資産へのエクスポ ージャーのプルーデンシャルな取り扱い(バーゼ ル銀行監督委員会(BCBS))に適用するための 取り組みを行っている。
規制の基礎構造は構築されつつあり、いずれ その造りが明らかになるだろう。しかし、この取 り組みに時間がかかればかかるほど、より多くの 国内当局が異なる規制枠組に閉じ込められてし まう恐れがある。だからこそ、IMFは以下のような 特徴を有するグローバルな対応を呼びかけてい るのだ。(1)本質的に部門や国境をまたぐ発行 から生じる規制上のギャップを埋めて、公平な競 争の場を保証できるよう調整されている。(2)一 貫性があり、活動・リスクの範囲全般において主 流な規制アプローチを取っている。(3)包括的 であり、暗号資産エコシステムのすべての参加者 およびすべての局面を対象とする。
グローバルな規制枠組は、市場に秩序と消費 者の信頼をもたらし、許される行為の範囲を明 確にし、有益な革新の継続を可能にする安全な 場を提供するだろう。
記事やその他書物の見解は著者のものであり、必ずしもIMFの方針を反映しているとは限りません。