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新しいトークンとプラットフォームがクロスボーダー決済を一変させ、さらに多くの変化をもたらすかもしれない

私 たちの誰もが、海外送金にもどかしさを感じたことが あるはずだ。時間がかかる。費用が高い。手続きが 面倒だ。そして一部の人にとっては、ばつが悪い。私 たちがエコノミストだと知っている友人に、舞台裏で 何が起こっているのかといつも聞かれるからだ。実の ところ、私たちもよく知らない。海外送金はごちゃご ちゃしているのだ。

しかし、未来がどうなるかについて述べることで挽 回したい。人はいつでもそれに興味を持つ。未来には より安価で、迅速で、便利な決済方法が提供されるよ うになるとすればなおさらである。私たちが思い描いて いる未来では、プラットフォームが市場を提供し、その 市場ではデジタル貨幣の為替と海外送金が可能だ。

すべての良いストーリーがそうであるように、事の起 こりから始めるのが良いだろう。その昔、貨幣というもの があった。貨幣とは何か。貨幣とは要するに、借用証書 だ。例えば銀行などの一方の当事者が、普通預金や当 座預金の口座名義人などの他方の当事者に対して、支 払いを約束するものである。私たちは資金を自分の利用 する銀行に貸し、それに応えて銀行は私たちに物やサー ビスを買う手段を提供する。現代の貨幣は信用である。

貨幣は信用なので、その価値は信頼にある。私た ちは、自分が利用する銀行が良質な資産を保有する と信頼し、銀行は私たちが資金洗浄やテロ資金供与 を行わないと信頼する。信頼とは双方向的なもので ある。信頼がなければ、貨幣は十分な価値を持つも のではなくなり、決済手段たりえない。私たちが販売 する物と引き換えに受け取るのは、私たちが信頼す る貨幣のみだ。つまり、貨幣は確立された信頼のネッ トワーク内でのみ流通する。 

中央銀行の登場

もしジョーとサリーが同じ銀行の顧客ならば、ジョーは 容易にサリーの貨幣を受け取ることができるはずだ。両 者とも同じ発行者を信頼し、その信頼を受けているから である。しかし彼らが、同じ国の中とはいえ、異なる金融 機関を利用していた場合はどうだろうか。ジョー(または 彼の銀行)がサリーの銀行を知っているとは限らないし、 必ずしも信頼しているわけでもない。とはいえ、ある銀行 から他行への取引はよくある。私たちは当たり前のもの と思っているが、実際には、それを可能にする目に見え ない仕組みが開発され、何世紀にもわたって改良が重 ねられてきているのだ。

かいつまんで言うと、要するに、銀行が互いを信頼す るのではなく、中央銀行を信頼するというのがその仕掛 けだ。ジョーの銀行は、サリーの銀行からの貨幣を受け 取ったり保有したりしない。ジョーの銀行は、サリーの銀 行の「準備金」と呼ばれる、間違いなく安全で信頼のおけ る、特別な中央銀行貨幣を受け取るのである。銀行が中 央銀行の口座に保有するそうした準備金と、それが取引 されるネットワークは、舞台裏で中央銀行が提供してい る必要不可欠な公共財だ。中央銀行は、複数の信頼の ネットワークをつなぐ橋としての役割を果たしている。そし てその橋によって、一方でジョーが信頼する貨幣と、他方 でサリーが信頼する貨幣の交換が可能になるのである。

国境を越える場合、信頼のネットワークをつなぐ橋を 構築することは格段に困難になる。取引を決済するた めの、皆が信頼する資産やネットワークがないのだ。さ らに悪いことには、国境をまたぐと情報が乏しくなり、 法的措置も講じにくくなる。そのため信頼のネットワー クを確立するためのコストがかさむ。

そうは言っても、常に欠点に直面しつつもクロスボー ダー取引は実際に行われている。ここにもまた仕掛けが ある。コルレス銀行と呼ばれる特殊商業銀行である。

サリーとジョーが別々の国に住んでいて、サリーが ジョーに送金したいとする。サリーの銀行が、メッセ ージングネットワークを通じてジョーの銀行に連絡 し、ジョーの銀行にジョーの口座への入金を依頼す る。ジョーの銀行は見返りとして何らの資金も受け取 らないため、当初は拒絶する。しかしサリーの銀行が 借用証書を提供し、次回ジョーの銀行から海外送 金が必要になった際には、サリーの銀行が同じこと をすると申し入れる。持ちつ持たれつというわけだ。 そこでジョーの銀行は、サリーの銀行に対して信用 を供与すること(借用証書を受け入れること)に合 意し、ジョーの口座に入金する。現在のクロスボー ダー取引の裏には、互いをよく知り信頼し合う銀行 間のハンドシェイクがあるのである。

しかし銀行は、多くの銀行とハンドシェイクをするわ けではない。信頼を確立し監視するにも、他行に対して 二国間クレジットを供与することにつきもののリスクに 対処するにも、コストがかかるからだ。そうしたコストを 負担しつつも利益を生み出せる銀行は少数しかない。 そのためコルレス銀行市場は、強力な二国間関係を有 するほんの一握りの巨大金融機関が支配している。 私たちが決済を行う際に、費用が高く、時間がかか り、何が起こっているのか不明瞭なのも当然である。

劇的な変革

貨幣がトークン化するにつれ、状況は変わるかもしれ ない。トークン化された貨幣とはつまり、適正な秘密鍵 があれば誰でも利用可能になり、同じネットワークにア クセスできる相手なら誰にでも移転可能になることだ。 トークン化された貨幣の例としては、米ドルステーブル コインをはじめとするいわゆるステーブルコインや、バ ハマやナイジェリアなど一部の国がすでに導入済みで 積極的に検討中の国が増えている中央銀行デジタル 通貨(CBDC)などがある。

トークン化された貨幣は、双方向の信頼関係の必要 性を打ち崩す劇的な変革をもたらす。たとえ発行者と 直接的関係がなくとも、誰でもトークンを保有するこ とができるのだ。サリーのウォレットに互換性があり 2022年9月 | ファイナンス&ディベロップメント 23 さえすれば、ジョーは自分がウォレット内に保有する トークンをサリーに送ることができる。ジョーのトー クンの発行者はサリーについて何も知らないかもしれ ないが、彼女のウォレットはサリーを知っている。

この変革は、コルレス銀行業務の効率性を大幅に 向上させる。どのように効率改善されるのだろうか。 第一に、リスクが低くなる。ジョーの銀行がサリーの 銀行に対して、裏付け資産なしの無担保信用を供与 して決済処理する必要はない。ジョーの銀行はサリー の銀行で、貨幣の具体的な形であるトークン化された デポジットを受け取る。受け取ったデポジットは、その 後売却したり、国債などの非デジタル資産に交換する ことも可能だ。信頼の必要性はなくなる。

第二に、ジョーの銀行は、無担保借用証書よりも容易 に売却、取引、ヘッジが可能な流動資産を保有すること になる。そして第三に、コルレス銀行業務の競争を促進 できる。スピードなどのサービス品質向上や、手数料低 下につながるはずだ。サリーの銀行では、取引先を、たま たま自行が信頼するコルレス先に限定する必要はない。 互換性のあるウォレットを有する銀行や金融機関であれ ばどこでも、サリーからの支払いを受け、ジョーの銀行に 支払いをすることができる。ハンドシェイクは、密接な関係 の当事者間に限定されなくなるのだ。

デジタルプラットフォーム

しかしながら、ハンドシェイクを調整する必要はある。 そこで、プラットフォームの登場となる。プラットフォー ムがサリーの支払いオーダーを広く発信し、参加者か らコルレス銀行サービスの入札を募り、適時に支払い がなされるようにするのだ。

重要な問題は、プラットフォーム上でどのような資 産が取引されるのかである。先ほどの例のようなトー クン化された銀行デポジットは、選択肢のひとつだ。 もうひとつの選択肢が、CBDCである。その場合、サ リーの銀行はまず自行の準備金をCBDCと交換し、 そのCBDCをプラットフォームを介して参加意思のあ るコルレス先に移転する。その利点は、ほとんどの場 合、CBDCを保有するのは外国民間企業に対する債 権を保有するよりリスクが低いため、より多くのコル レス先が参加する気になる可能性があることだ。そし て社会的な観点からすると、CBDCのような安全で 流動性の高い資産での決済が好ましい。将来的に紛 争が生じにくいからだ。だが適切に規制されたステー ブルコインのようなその他のデジタル資産も、プラット フォーム上でやり取り可能だろう。真に必要なのは、幅 広い取引当事者が、必ずしも互いを信頼しないとして も、資産が安定していると信頼することだ。

プラットフォームのアイデアはこれにとどまらない。 プラットフォームは、単に支払いを統合する(専門用 語で言うなら、クリアリングサービスを提供する)ので はなく、貨幣をある所有者から別の所有者に移転す るためのハンドシェイクである決済サービスを提供す ることができるだろう。先述の例では、ハンドシェイク は2行のコルレス銀行間で行われた。しかし別の方法 もある。プラットフォームがCBDCのような貨幣をサ リーの銀行から受け取り、エスクロー口座で保有して おき、プラットフォーム上で決済用にそのCBDCに対 するトークンをジョーの銀行宛てに発行する。つまり、 プラットフォームは参加する各金融機関の貨幣を一つ の台帳にまとめるのだ。異なる貨幣を、誰もが認識す るバスケットにいれ、参加者間で国境を越えてシーム レスにそれらのバスケットを交換すると考えてほしい。

これを行えば、極めて大きな力を発揮しうる。プラッ トフォームの台帳を利用して、いわゆるスマートコント ラクトを作成することが可能になる。スマートコントラ クトは要するに、プログラムで制御できる取引のこと だ。例えば、別の支払いを受領してはじめて、支払い が可能になる。あるいは、企業が自動で取引の外国為 替リスクをヘッジしたり、将来の入金を金融契約の担 保にすることも可能だ。他にもまだできることがある。 クロスボーダー決済で敬遠されることが多いために手 数料が高くなっている通貨の両替を促す目的でオーク ションを行うことができる。

可能性は無限大だ。そしてそれこそが重要なポイン トなのである。スマートコントラクトを作成すること により、民間部門がプラットフォームの用途を拡張す ることが可能になる。民間部門は、共通の決済プラッ トフォームと、互換性のあるスマートコントラクトを 作成するための共通のプログラミング言語というふた つの主要な公共財を活用することでプラットフォーム の要素を拡張するのだ。こうして、プラットフォーム は緊密な官民パートナーシップとしてできあがる。課 題は、適切なガバナンス体制を判断し、これを実現す るために十分な数の中央銀行を動員することである。 大半の国が加盟しているIMFは、このような展望を模 索する土台としてふさわしい場である。

IMFではこれらのトピックに関して近日中に、IMFの 何東とフェデリコ・グリンバーグ、カリフォルニア大学 サンタバーバラ校のロッド・ギャラット、マサチューセッ ツ工科大学のロバート・タウンゼントとニコラス・スア ンイー・チャン共著の2本の論文を発表する。論文で は、このようなプラットフォームの当初の青写真を示 して、これらの重要トピックに関する議論をさらに活 発化させようとしている。そうした議論がクロスボー ダー決済の未来を形作っていくことになるだろう。探 求、議論、そしていずれは実行すべきことはまだ沢山 ある。現在二国間ハンドシェイクの舞台裏で何が起 こっているのか質問されたときにばつの悪い思いを しないためにも、努力する価値は確実にある。

トビアス・エイドリアンはIMF金融資本市場局長
トマソ・マンチーニ・グリフォーリはIMF金融資本市場局課長

記事やその他書物の見解は著者のものであり、必ずしもIMFの方針を反映しているとは限りません。