AIは、テクノロジーによる格差の拡大を逆転させることも、悪化させることもできる

何百万人もの天才が住む島を想像してみよう。この天才たちは、コンピューターでできることなら何でも、熟知している。仕事を手を止めることはない。そして、わずかな賃金だけですべて喜んでやり遂げる。ここで、この人たちが世界経済に統合された際に生じるであろう重大な疑問について考えてみよう。

この統合は、権力の分配や市場、賃金をどのように再形成するだろうか。天才たちは、豊かな繁栄に拍車をかける可能性もあれば、深刻な不安定性に拍車をかけるおそれもある。これは少なくとも部分的には、われわれの選択にかかっている。

繁栄の新時代には、生産性と経済成長が急上昇し、社会福祉が栄える可能性がある。この特異な知的労働力は、ヘルスケアから教育、テクノロジーに至るまで、さまざまな業界に革命を起こし得る。事務作業は落ち度のない効率で処理でき、他の人々はより有意義な作業を追求することができる。多くのサービスのコストが下がり、生活水準が上がるだろう。

不安定な時代とはどのようなものか。天才たちがわずかなコストで作業をこなすと、知識労働者や、専門職に就く人たちが大量に失業するかもしれない。賃金と雇用保障がさまざまな産業にわたり損なわれ、中産階級が崩壊し、格差が深刻化する可能性がある。天才へのアクセスを独占している少数の企業や国が、前例のないあり方で富と権力を独占し、中小企業やより脆弱な経済国を疎外することも考えられる。そうなれば、イノベーションが抑制されるほか、世界的に緊張が高まりかねない。

天才たちが知的および実践的な役割を支配するにつれて、人間の創造性と個性の価値が失われる可能性がある。多くの人がもはや必要不可欠ではない存在となる世界で、社会は目的とアイデンティティに係る実存的な問題に直面する可能性があり、不安が広範に広がるだろう。こうした天才たちは経済を混乱させ、社会の結束を崩し、世界を格差社会へと追いやりかねない。

この天才の島については、考える意味がある。ますます多くの専門家が、われわれがこのような技術的飛躍の幕開けにいるかもしれないと信じているためだ。たとえば、2023年には、AIに関する先駆的な研究でノーベル賞を受賞したジェフリー・ヒントンが、  テクノロジーが5年から20年以内に人間の知性を超える可能性があると述べた。他の何人かの専門家は、それがもっと早く起こる可能性があるとの見解を示している。

人間の知性を凌駕するAIがさらなる繁栄をもたらすのか、不安定性を高めるのかは、それが格差にどのように影響するかに左右されるだろう。1960年代のコンピュータ革命以来、ノーベル経済学賞受賞者のダロン・アセモグルを含む多くの経済学者が、技術の進歩が低技能労働者の需要を減らす一方、高技能労働者の需要を増やすことによって所得格差が悪化する可能性があると主張してきた。この現象は 「スキルバイアス」として知られる。最近のふたつの研究は、AI革命においてスキルバイアスがどのように働くかを明らかにしている。

ESADEビジネススクールのトニ・ロルダン・モネスによるある研究では、大学のディベート大会における生成AIツールの影響を示す。能力の高いディベート選手は、確かに、不釣り合いにAIの恩恵を受けた。生成AIを使用すると、ディベートに勝つ確率が12%高かった。能力の低い選手の結果にほとんど変化はなかった。これらの知見は、AIが低技能者よりも高技能者を助け、所得格差を増幅させることを示唆している。

しかし、スタンフォード大学のエリック・ブリニョルフソンらがコールセンターの従業員に関するデータを調べたもうひとつの研究は、AIの恩恵を受けるのが低技能 労働者に偏っていることを示す。経験豊富で高度なスキルを持つ労働者の生産性への影響は最小限だったが、初心者や低スキルの労働者では34%の改善が見られた。具体的には、AIツールによって生産性(1時間あたりに解決された問題の数で測定)が平均14%向上することを発見した。AIは、例えば、高技能労働者がどのように作業を完了するかを予測することにより、低技能労働者の生産性を高めることができる。この状況では、AIは所得の格差を縮めた

利害が大きく判断力に重点を置く仕事の地理的分布は、収入と権力の分配を左右する
判断力の役割

ある研究ではAIが低技能労働者を不釣り合いに助け、別の研究では高技能労働者を助けるのはなぜか。大学のディベート選手とコールセンターの従業員の違いは何なのか。われわれは、意思決定の重要な要素である「判断」と、「予測」に関連していると考える。それぞれの役割は、さまざまな結果に確率を割り当て(予測)、その結果の価値を見極める(判断)応用確率論の一分野である決定理論の中核を成す。

ロルダン・モネスの研究結果は、能力の高いディベート選手と低いディベート選手の差が判断力である可能性があることを示唆する。能力の高いディベート選手が生成AIを使用した場合、信頼性と説得力、反論で特に高得点を獲得したことが明らかになった。これらのディベート選手は明快さの点においては改善が見られなかった。これは、AIツールが台本を提供するのではなく、提案をするのであり、能力の高いディベート選手が最も有望な選択肢をより適切に特定できたことを示唆する。これにより、スキルが高いディベート選手に恩恵が集中し、スキルの高い者と低い者の差が拡大した。

対照的に、ブリニョルフソンのコールセンターの研究では、高技能労働者と低技能労働者の主な違いが、顧客への最良の応答を予測する能力だった。AIは、そのような予測においてスキルが高い労働者と同じくらい優れていた。さまざまな種類の誤りの相対的なコストを見積もる上での判断力は、この種の判断はそれほど多くなかったため、あまり重要ではなかった。

AIの予測の性能が進むにつれて、判断力の分配がますます富と権力の分配を決定付けるだろう。高技能労働者と低技能労働者の違いが、仕事における予測するスキルに基づいている場合、AIの予測力が人間に取って代わるため、AIの利益は低技能労働者に偏る。これにより、こうした業界では、労働者間の生産性の違い、ひいては所得格差が縮小し、次第に、スキルが低くても、こうした低賃金の職の賃金が上がる。例えば、インドではバックオフィスやコールセンターの賃金が米国と比較して、高くなる可能性がある。

一方、高技能労働者と低技能労働者の違いが判断力である職では、AIの利益が高技能労働者に偏る。これにより、これらの業界における労働者間の生産性と所得の格差が拡大することになる。高技能労働者の投資のリターンが正当化できなかったために以前は魅力的でなかった高賃金の職に労働力が移行する可能性がある。米国の大学に通う優秀な学生の割合が高く、米国を拠点とする科学者が科学的ブレークスルーや賞、出版、特許を主導しているため、より多くのイノベーションが米国に移る可能性がある。

AIは急速に進歩しているが、経営慣行、インフラ、教育、規制、顧客の需要などは変化がゆっくりと進むため、この天才の島を発見することによる短期的な影響は限定的である可能性が高い。しかし、長期的には、世界経済への影響は大きいだろう。経済の安定性は、移行をどう管理するかにかかっている。

富と権力

利害が大きく判断力に重点を置く仕事の地理的分布は、収入と権力の分配を左右する。より熟練した労働者、強力な研究機関、高度な技術インフラを備えた地域に、経済的利益が偏る可能性が高い。

科学研究、医療、戦略的計画など、判断が非常に重要である業界では、AIが専門家の生産性を高める。AIはこれらの労働者の潜在的な収入を増やし、イノベーションハブの優位性を強化することとなる。しかし、カスタマーサービスのように予測の能力によって労働者が差別化される業界では、雇用が低賃金地域に移行する可能性があり、それによって所得格差が縮小するだろう。

価値が高く、判断力に重点を置く作業に対するAIの影響が、利害が小さく、予測に重点を置く作業に対するAIの格差縮小の影響を上回る場合、世界経済の格差は広がる。その結果、優秀な人材を惹きつけるいくつかの選ばれた都市や国に富と影響力がさらに集中する可能性がある。

米国、欧州、アジアの一部など、強力なAIエコシステムを備えた高所得地域では、必要な判断スキルがあれば、人的資本に対するリターンが高まる可能性がある。他の地域は取り残されるリスクがある。長期的な影響には、テクノロジーに関するリーダーシップ、研究資金、地政学的影響力の格差の拡大などが挙げられる。さらに、AIの高度化によって、どの形式の判断力が不足しているかが再定義され、新たなニーズに労働力を適応させられる地域に力のバランスがさらに移行する可能性がある。

政策当局者は3つの重要な方法で役割を果たせる。

判断力を磨くために、政策当局者は、複雑な意思決定のスキルに重点を置いた質の高い教育・訓練へのアクセスを拡大し、AIを補完するために必要な判断力をさまざまな地域でより多くの人々が身につけられるようにすることができるだろう。

政策当局者は、AIの最適な活用に必要な判断力が少数の支配的な地域に集中するのではなく、より広範囲に分散されるようにすることで、グローバルな人材の移動と知識の交換を促進することができる。

最後に、政策当局者は、資金調達、インフラ、AI導入インセンティブを通じて、価値のあるAI予測を生成する能力を、権力が集中する従来の地域以外にも広めるインセンティブを作れる。これは、AIの利益の分配を形作り、長期的にはよりバランスの取れた経済成長を促進するだろう。

このような対策は、移行を管理し、AIのリスクを軽減しながらAIのメリットを最大化するのに役立つ。コンピューター科学者は、テクノロジーを開発するために猛スピードで前進し、こうしたテクノロジーは急速なペースで進化し続けている。今度は、経済学者が追いつかなければならない。AI移行を管理する最善の方法に関する研究を進め政策当局者を導く使命がある。そうなれば、政策によって、不安定な世界ではなく、安定と繁栄の未来へと世界が向かう可能性が高まるだろう。

 

留意事項(2025年6月16日):本記事は、マサチューセッツ工科大学が、エイダン・トナー・ロジャースの論文「Artificial Intelligence, Scientific Discovery, and Product Innovation」について、研究に確信が持てないため、公の議論から撤退すべきだと述べたため、同論文への言及を取り除いた。

アジャイ・アグラワルは、トロント大学ロトマン経営大学院における起業・イノベーションのジェフリー・テーバー名誉教授を務める。
ジョシュア・ガンズは技術革新と起業のジェフリー・S・スコール名誉教授。
アヴィ・ゴルドファーブは人工知能とヘルスケアのロトマン名誉教授。

記事やその他書物の見解は著者のものであり、必ずしもIMFの方針を反映しているとは限りません。